仲間

2022年08月24日


昨日はアシュタンガヨガ神戸へ。こういう慣れない場所での練習は心地よい緊張感も手伝って集中力が増す一方で、普段みたことのないポーズをしている人がたくさんいるので、なかなか視線は鼻先におさまることはなく、いろんな意味で刺激的。  




昔は自分ができないことができる人をみると、自分が嫉妬しないで済むように自分の年齢や環境を言い訳したり、「もうこの人は何年もやってるんだろう」と、相手の経験年数を理由に、やる前から諦めたりしていた事を振り返ります。


チャレンジしなければ考えなくていいし、失敗しなくていいし、凹まなくてすむから楽なものです。



私たち人間は意識せずに選択していると、楽な方を選んでしまいます。そしていつも楽な方を選択しているとそれは思考のパターンとして癖になります。実際に脳のよく使う神経回路は密になり、成長することがわかっています。






自分ができないヨガのポーズが、練習してできるようになっていく体験を通して、ヨガの難しいポーズができることははあくまで「結果」であって、大切なのはそのプロセスと取り組み方だということに気づきます。


「できない」と決めているのは自分の思い込みです。「できない」ことは可能性でしかなく、悲観的に捉える必要は全くないと思っています。今目の前にある自分ができることに集中していれば、できないことに対して「今はまだできないだけ」と思えるようになっていくし、そこには「できる」前提があり、希望がありますよね。




ヨガは一人でするものだし、人と比較するものではないけれど、仲間の存在は大きいと感じます。仲間というのは、先生と生徒という関係、スタジオという箱、ヨガの種類を超えて、同じことに取り組んでいるという意味での仲間。



自分ができないことができる人をみて励まされたり、勇気をもらうことは大いにあります。もちろんその人にもきっとできない時期があって、この人はそれを乗り越えたんだと思うと、そこにはリスペクトしか生まれません。


そんな風に仲間のことを尊敬できるようになると、もはやできるできないということさえも重要ではなくなってきます。なぜなら、私たちが感動するのは人が何を成し遂げたかという結果ではなく、一生懸命に取り組む姿勢そのものだからです。





名前も知らない、言葉を交わしたことのない人の練習する姿勢に私が励まされたことがあるように、みなさんがヨガに取り組んでいる姿勢が、もしかしたら知らない誰かの励みになっていることは容易に想像できますね。


コルマドがそんな仲間たちで溢れる場所になることは私の目指すところの1つです。